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1人で生きているわけではない(生きることに悩む自分)

こんにちは、あんのです。

存在さえ忘れたようなずっと以前のものが、今にメッセージをもってくることはよくあります。
最近、10年以上前に取っておいた雑誌のコピーを見つけました。

「あんた一人で生きているわけじゃないんだよ」

こういうことを直に聞くことは少ないかもしれません。
少なくとも人生の中で自分自身で見出していくものだと思います。

孤独、苦しみ、人との関わり、自分との対話・・・

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1人で生きているわけではない

ゲーム、ファイナルファンタジー8の主人公スコールは、誰とも関わらずに1人で生きていればいいという人間でした。
それを見て私も共感しましたが、実際に誰とも関わらずに1人で生きるというのは難しいです。
そうしようと意識すると「自然」からずれていく感じがありました。

生きている時点で自分の頭で認識できる自分というものは1人です。
が、誰もが1人で生きているわけではありません。


着ている衣服、身体を保つ食べ物、座っている床の板、悩みの原因、どこからか入ってくる情報。

見えるもの見えないもの、あらゆるものに囲まれています。




大体自分の身体を保っているのは魂だと言われて、どうして魂とか霊とかいうもののあり方、を感じられるのでしょうか。
いつの間にか共通認識をもっていることが不思議なものです。(日本では日本の感覚)


とにかく、人間は1人で生きているわけではない、

それは自分の周りを見渡せばわかります。
それは物による認識です。


また、物とは違って認識することもできます。

それは自分のつながりです。

自分という身体は脈々とご先祖様たちから受け継がれてきました。

自分、両親、そのまた両親と枝分かれし、まるで木の枝のように広がります。
名前も知らない方々が生きた証、それが自分というものにつながっています。

現代では考えられない生活環境で大変なこともあっただろうし、幸せの時を感じることもあったかもしれません。
ご先祖様のことを考えると、現代に生きる自分は本当に恵まれた環境にいると思います。
それは特に衣食住です。

お腹が空かなくても食べられる環境。
お金というもので、自分が何もしなくても自分のほしいものが手に入る環境。

不思議な世の中の巡り合わせを考えずにはいられません。

沖縄のシャーマンとたてまつさん


冒頭の記事に戻ります。
それは沖縄に関する資料です。

たてまつわへいさんという作家さんが書いたもので、

取材で会ったシャーマンの方がたてまつさんに会いに空港まで来て、
「片方の目が痛くて痛くて涙が出て眠れなかった」と言いました。
それはたてまつさんのおじいさんと関係があるのではないかということで、帰り際の空港で少し話をしました。
おじいさんは「目が悪くて世の中が半分しか見えなかったおじいちゃんが、あんたにいろいろと世の中を見せているんだ」とシャーマンの方が説明しました。


僕は1人でいきているわけじゃないんだという実感が、僕に迫ってきたということですね。
自分の血の来歴、血の奥に潜んでいる気の遠くなるような歴史、人間以前の流れまでひっくるめて、
「あんたは1人で生きているわけじゃないんだよ」とその方は、僕にやさしくシャーマンの言葉で語ってくれたんですよ。



この、血のつながり、歴史というのが生命の証であり、自分の根本です。
1人で生きているわけではないという感覚が流れてくるような気がしませんか?


どうして人間は繋がっていくのか。
種の保存が続くのか、何のために必要なのか?

人間は考える生き物。


けれど「究極的な原因は人知を超えている」

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