ふるふる水面、同じ命の中で

ふるふる

 

田んぼの隣に澄む水面を剥がして口に入れる。

見た目も味もふるふるだ。

 

雨上がりに出来たアスファルトと歩道の間の細長い水たまり。

その横に寝そべってシャーっとカーテンを開ける。

もやもや緑が泳ぐ、暗いどろどろのどぶ。

腰を屈めてその上に空を乗せる。

 

静かな川の鏡のふるふる。じっと見ていると酔ってしまう。

 

 

 スコール

 

一瞬で地面の色が濃くなる

何粒何て数えていられないぐらいの量だ

いっそのことバケツをこぼしたらどうなんだい?

強くなったり弱くなったり

だんだんリズムが見えてくる

その時だ、ダンスに変わるのは

透明なミルククラウンが

地面から飛び出しているのか

地面を跳ねているのかわからなくなる

それはまるでトリックアートなんだ

 

 

 

  森

 

幾千の足音

緑輝く木漏れ日

清い鳥のさえずり

 

そのひとつひとつの名前を知る必要があるだろうか

人が決めた名前を覚える必要があるだろうか

 

 

 

 〈草も蟻も〉

 

草も蟻も同じ生き物だ

 

それなのに道端の蟻と動物園の白クマと対応が違うのはなぜだろう?

 

蚊と犬の対応が違うのはなぜだろう

 

人はそこに美を見出す生キもノなのだ

 

その基準で選ぶのだ

 

そこに正しさはなく、感性がある

 

それから排除された物たちは何の疑問もなく人につぶされる

 

蟻が、重なった指の上で転がったときドきりとした

 

そのとき消えたものは人間と同じものではないのだろうか

 

ゴキブリまでの大きさなら構わないのだろうか

 

かれらと犬との境はどこだろうか

 

それが僕には見えない

 

幽霊が見えないこととそれとどう違うだろうか

 

それなのにみんなそれを知っているのだろうか

 

毎日毎日、いつもいつも

 

部屋に蟻が通るのがいやで、かれらの入り口をふさいでしまった

 

家に帰ろうとするかれらは私とどこがちがうのだろうか

 

寂しいという気持ちがそこにないからだろうか

 

知らないだけだ

 

草が思うことや蟻が思うこと

 

どうして馬の気持ちはわかるのだろうか

 

その瞳が大きいからではないのか

 

だったらトンボの気持ちはわかりそうだが、蟻はどうも小さすぎるのだ

 

目なんか合わせられるだろうか

 

この前私の目を覗いていた緑の飛蝗のようにはいかないものだろうか

 

かれに蟻達の手紙を頼めるだろうか