面白いフランス語動画を見つけたので紹介。
訳がなくてもシンプルなのでフランス語がわからなくても理解できる。
現代の思考を大きく反映していて、この物語の先はディストピアなのか、と想像…。
題名は、殻を変えたいエスカルゴのヘクトール。
先に説明しておくと、エスカルゴはカタツムリと同じで、食用に育てられているものをエスカルゴと言う。
そしてカタツムリはヤドカリと違って殻と一体になっているので殻を取ることは出来ない。
カタツムリは殻とともに成長する。
あ、物語が。
物語にあるメッセージ
動画の中の殻の中を見た時はおもしろいと思ったが、最後はシュールな世界が待っているのか…とまた想像。
この動画のメッセージは現代を反映していて、受け取り方はそれぞれだけれど、個人的に感じたのは
まずオッドアイから始まるところで一気にメッセージがある
→多様性につながるのだろうな、と。
(個人的には色の違う目(オッドアイ)は綺麗だと思っている。
一度フランスで見かけたことがある。)
皆と同じであることが変であると度に出る
→多様性
ゴミ問題
殻を装飾→多様性
特に今ヨーロッパでは多様性についての活動が白熱している。
フランス的見方によるとそれは左寄りの象徴。
そんなことないだろうと思われるかもしれないが、唖然とするものまであるのは事実。
よく取りざたされるのはLGBTQ関係とエコについて。
例えば環境問題に対して、
道を塞いで車の往来を邪魔するとか
車を飾る車屋の床に手を張り付けるとか
有名な絵画に糊で手をくっつけるとか・・・
とにかく多様性へのメッセージが強い。
食べものにしろ、生態系にしろ多様性は重要。
しかし人間の振る舞い方に関しては本当にそうだろうか。
受け入れることは大事だけれど、「全て」ではなくそこに秩序やマナーが必要なのは明白である。
最後エスカルゴの世界は良いように見えたが、
その先は現代と重なり、多様性と言ってマナー違反的な暴力なども受け入れなければいけないという世界がまっているのではと思える。
受け入れることは重要だが、犯罪と呼ばれるような行為は多様性として認められるべきなのか。
例えば暴力が好きなんです、とかいう人がいたら…?
それも個性です、と。
また、安楽死。
カナダでは2019年に5631人が医師の元亡くなった。
死が近いがん患者などが対象だったが、それが精神疾患も対象になった。
自死と安楽死の違いは難しいと思う。
命を意志によって終わらせるということは同じだから。
すべての主張が通る世界、それが多様性の社会というのは考える必要がある。
最近はどんどん加速しているようだ。
それこそ隔世遺伝みたいなもので、
ルールや価値観がガチガチの世界には緩い規律が求められる。
反対に緩すぎれば、ルールを定めたくなる。
その繰り返しで良いところが見つかればいいのだけれど…。
ただ多様性が必要だと言う上辺だけでなく、深部まで行って、どうして必要なのか?を考える人が増えれば良いなぁ。
Hector L’escargot Qui Voulait Changer de Coquille
Histoires & Contes | Un Livre sur la différence
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