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中庸の落とし穴

こんにちは、安野礼です。

 

どちらかに偏らない、中庸(ニュートラル)というあり方。

私はそれにこだわり、落とし穴に落ちました。

ではどんな落とし穴だったかというと。

 

どうぞこの音楽を聴きながら

 

 

 

目次

偏らないとは

 

陰と陽

 

どちらにも偏らない、それが中庸と言えます。

 

喜ぶこと、怒ること

人間には両方感じる性質、感情を表す性質があります。

 

どちらかに偏ってうまくいかないのなら、一見良さそうな喜ぶという行為もしない方がいいと禅的な教えとして聞いたことがあります。

 

ではどうしたらいいのか。

 

そこで私が陥ったのは、

 

何も感じなければいいではないか

 

ということです。

 

宇宙ニュートラルを考えれば、どれも善悪ではなくなる。

人間が出す結論は常にどちらかに偏っている。

 

何も感じなければ、問題が起きることはない。

 

プラマイゼロ。

よくそう思っていました。

 

でも何も感じないことが中庸ではありません。

 

間違ってはいけないことは、

 

まず、自分で物事をしっかりと受け止め、消化することです。

 

 

何も感じないということは、ある意味無視とも言えます。

 

無視は人に対してと同じで、必ず問題が生じます。

 

何も感じないが続くと、うつっぽくなるとも言えます。

私がそうでしたから。

 

 

まず感じ、自分が解釈すること、ここがとても大切です。

 

 

 

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