見た目が同じで中身が違うと世界と自分とニュートラル

人は見た目が~%というキャッチコピーがある。

容姿にしろ、服にしろ、相手を認識するのにそれらの影響は大きい。

そして次に気づくのが自分の認識のクセだ。

 

この人はこんな感じ、優しい、冷たい。
でもあれをしてくれたからなんとかかんとか。
思考が止むことはない。

 

人でも物でも芸術作品でも、自分の感覚を通して自分の想いが出てくる。

それが個性となる。

 

けれどそれが世界のややこしい問題や個人の面倒な課題にもなる。

それゆえに争いや、議論があり、何かが生まれる。
人は平和と自由を望む望むのに、
世界の共通認識、人間の共通認識はバラバラ。

 

こんなにも技術と情報伝達が進歩したのに、だ。

 

 

だからそのニュートラルはどこか考える。

 

 

近未来の技術で人間の外見が同じになったら

有名なもので、マトリックス。

観たいと思いながらまだ観たことがないので詳細がわからない…。

 

それでも他にも電脳?脳をコンピュータやインターネットに繋ぐという発想がある。

便利そうで怖い。

 

 

検索やインプットがパソコンが頭にあるようにできるようになったら…。

漫画「AIの遺伝子」でその気になるところが描かれていて面白かった。

 

 

簡単なあらすじ↓

AI、人型ロボットと人間が共存し、ロボットにも権利がある世界。

何話目だったか忘れてしまったけど、
ある人型ロボットが複数いて、皆容姿が同じ。

 

そこにある個性は何かというもの。

 

これはとても興味深くて、

 

例えば、人間が身体をロボットに改造でき、脳もそのロボットに移植できるとする。
いわゆるサイボーグというのか。

 

 

人間の社会には容姿による差別があるから、

この技術によって世界の人の容姿が同じになるとする。
(世界だと広すぎるので学校内や会社内などでも)

 

身体、声、構造、服、アクセサリー、持ち物。

そうするとどうなるか?

 

容姿では判断できない。

 

だから容姿ではない何かで相手を判断する。

何で?

 

個性が見分けられるか?

 

 

そう考えると動物も皆似てるのでそんな感じなのかと思ってしまうが、

同じ犬でも多少顔は違う。だとすれば人間も同じ。

 

 

けれどロボットは違う。
機械で人工的で外見は全く同じにできる。

 

 

「みんなちがってみんないい」

 

という金子みすゞさんの言葉。

 

みんな同じだったらどうなるか。

 

 

電脳がなく、表情も動かないロボットだとしたら、

言葉としぐさで個人の考えを伝えるわけで、
機械的な言葉と個人による身体の動きで相手を判断するだろうか。

 

 

見た目と年齢

容姿といえば、年齢が深く関わってくる。

 

年齢が上だから、下だからという認識はとかくアジアでよくある。

見た目が皆同じロボットであれば、年齢がわからないことになる。

 

これってかなり大きい変化。

 

その年齢ごとにいろいろあると思う。得なことも悲しいことも。

 

 

その年齢という判断基準がなくなったら、人々の認識がどう変わるか。

 

「ランド」という漫画で年を取らない施術が出来る社会があるが、

それ以外でもこの漫画は私が気になること盛りだくさんで興味深い。

 

 

それはさておき。

 

これを考えた時、社会が、組織が、個人が、いかに年齢による容姿の違いで

自分の思考が変化することがわかる。

 

子どもには子どもへの話し方、お年寄りにはお年寄りの、

先輩、後輩、その他いろいろ。

 

 

この老いという生き物の(哺乳類)の変化という現象がある地球。

生老病苦という釈迦の言葉を思い出す。

 

 

見た目が違うだけで変わる自分の反応。

 

 

人だけでなく、動物、食べ物、デザイン、全てに言える。

 

またそれを感じる「自分」というフィルタ。

 

 

見た目 ✖ 感じるフィルタ(自分) ✖ ? = 宇宙ニュートラル

 

 

この「?」は何だろうか。

 

 

世界の平和の思考、人間の行動、技術の進歩、歴史、人間。